森へつづく道

那須町芦野出身。学生時代よりアート×食×農をテーマに活動中。このブログでは大平夏澄の企画もろもろを報告してゆきます。

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絵を描くことと選挙と…。

 本当に久しぶりにブログを書きます。

 前回書いたのは今年の3月11日。そしてその日から9ヶ月が経ちました。

 今回は選挙が近づき、自分の中に何か大きなものを感じるので文章にしたいなと思いました。

 3.11。

 まもなくあの日から初めてのおっきな選挙が始まります。
 あの日を境に私なりにいろいろなことが見え始めました。

 私たちはいつも何かと比べることをよくします。誰々より優位、または劣っているとか。
 人と比べるのは特に悪いことだとは思いません。ただ私が思うのはその基準は何ですか?ということです。

 「誰かに勝っている」「劣っている」という判断は本当に私の判断なのかな〜ということです。

 私は美大芸大を目指しているとき受験との狭間で良くそのことに悩まされました。それまでアートというのは何が良くて何が悪いのかということを自分で判断する技を磨くことだと思ってきました。本当に良いものが見抜けないと自分自身も良いものが作れません。だから良いものって何?ということにとても真剣でした。
 けれど「受験」というものが入ってくると自分にとって良いものだけではなく、○○大学に受かりやすい作品を作ることも考慮しなくてなりません。結局三浪し、予備校にも行けず引きこもりになった末に「なんで大学に入らないと絵が描けないんだろう?」という根本的な部分に立ち返ることが出来ました。
 
 絵を描く為に別に大学に行く必要はありません。家でいくらでも描くことが出来ます。当たり前です。
 けれどそのときはそんなことに気付かなかったのですね〜。10数年が経ち、やっとちょっとだけ分かるような気になってきました。

 要するに「特に女性が絵を描いて生きていきたいのなら大学を出ないと食べていけない」という洗脳を自分自身にしていたんだなと思います。
 なんでそうなってしまったのだろうと考えると様々な要因が考えられます。
 「みんなが大学に行っているから」「美術の世界は不安定だから大学卒というラベルが無いと食べていけない(職がない)とみんなが言っていたから」等のどこかからか入って来た情報を敢えて自分自身に刷り込ませ動き辛くさせていたんではないかと考えるようになってきました。

 3.11を経て私が感じるのはこれって日本の社会全てにおいて当てはめられることではないのかなということです。どんな情報をどんな風に収集し、どのように解釈するかは人それぞれ。とても広い選択肢のように見えますが実は狭い選択肢しか与えられていなかったのではないのかなと考えるようになってきました。

 例えば選挙において立候補者がいてもその候補者とちゃんと話したことはないし、会ったことも無い。テレビと新聞と選挙カーから聞こえた公約と名前を何とか覚えていて…くらい。

 
 その中で自分の未来を任せることの出来る候補者を選べと言われてもなかなか難しいと思うのです。
 だって会ったことも無い人の言うことを全て鵜呑みにするって何を根拠にしたら良いか分かりません。結局どこかの情報を当てにしなくてはいけないし…。でももしそれが偏った情報だったとしたら…。

 そんな狭い情報の中から、本来の自分の意見を出すには…、例えば何が必要だろうかと考えます。
 昔は単純にはそう思えませんでしたが、3.11を経て今では「子供の未来」、もう一つは「愛」で物事を見分けることが出来るのではないかと思えるようになってきました。

 まず、今回の選挙において一番の争点になるのは「命」ではないかということです。「命」「健康」。子供の命と健康を守れるのは大人しかいない。
 私たち選挙権を持っている大人達がやらなきゃいけないことは「子供の命を守ること」と「子供の命を守ることが出来る大人を見分けること」。そして子供達が「戦争は絶対にNO」とこれからも堂々と言える世界を作る為に種を蒔くことです。

 ある民族は何かを決めるとき7世代先のことを考えて決めるそうです。

 7世代先…。私たちはそこまで到底考えられないかもしれない。でも次の世代のことぐらいは少なくともイメージできます。次の世代に何を残して何をなくさなきゃいけないのか。
 
 私たち若者の中では「誰に投票してもどうせ変わらない」という風潮がここ数十年続いていたのではないかと思います。私も少なくともその中の一人でした。でも3.11を経て気付いた人もいる。今変わらなくていつ変わるのかな…。

 「これから」を私たちが決めるんだと思います。
 偉いといわれた人は本当に偉い人かな?今ある情報はもしかするととても閉ざされているけれど、私たちは多分いろんな動物的、人間的な感覚、で「不自然」と思われることを排除していかなきゃいけないんじゃないかと。
 
 今回の選挙はいつもと違う気がします。もしかすると表面は同じかもしれない。でも表面というのはいつも表面でしか結果は現れません。表面を求めれば表面でしか結果も出ない。だから今すぐの結果を求めなくても良いのかもしれません。
 根本的なところをみんなで追求すればきっと必ず土の中で芽が出て来るような気がします。表面にはすぐには現れないけれど。その種はきっと芽を出す。それは7世代先かもしれないけれど。
 
 でも私たちはそろそろ次の世代にちゃんと種まきを始めなければいけない時にきたんじゃないかなと思います。それが今回の選挙です。自分達の、あるいは次世代に「活きる」想いがちゃんとありますっていう意思表示をしなきゃと思いました。

 今日の那須芦野は星がとってもきれいです。おやすみなさい。

 
 

 
 
 
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| | 2012年12月09日(Sun)17:07 [EDIT]


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