森へつづく道

那須町芦野出身。学生時代よりアート×食×農をテーマに活動中。このブログでは大平夏澄の企画もろもろを報告してゆきます。

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3.11、芦野、歴史

今日は3月11日。
火曜日なのでお店は定休日。お友達に手紙を書いたり、お太鼓が結べるようになったのできものを着てみたり、ちょっとした事務作業をしたりしながら一人で自宅で過ごしています。

午後2時を回ったころ、自宅の清水の湧く池に行ってみました。今日は風が吹き太陽が映り込んでキラキラとしていて、水の色もとても澄んでいました。
IMG_1775.jpg

では今日本に対して思うことを書きます。

震災から3年が経っても政治や経済の上では考え方をシフトすることのできない日本。あらゆる環境から自分達の暮らし(衣食住)まで汚染してしまった日本。とても子供たちに希望のある未来だとは言いにくい日本。
ネガティブに聞こえるかもしれませんが、実は今までずっと教えられてきた「歴史」を改めて学び直した時に、浮き上がってくることがあります。

それは、日本は遠い昔から、戦争と災害が繰り返し繰り返しやってくる島であったということ、です。

日本の数千年の歴史の中でこのことを忘れていたのがここ50年くらいなのかな。高度経済成長とともに、このことを忘れることが求められていた時代に私たちは生まれました。
経済を大きくしてどんどんモノを消費させるには「生」や「死」についてなど深く考えてはいけません。大切なのは新しくて便利なモノをたくさん買う為にもっともっと働くことです。

私もそういった世界で生きてきましたが、3.11をきっかけに全く違う考え方をするようになってきました。

さっきも書いたように基本的に日本は戦争と災害が繰り返し訪れる島です。(もちろん原発事故は歴史上最大の大事故ですが)もともと安心して暮らせる国ではないので、生き抜くために必死でした。だから私たちのご先祖様たちは、未来の私たちの健康と命を守るために「衣食住」全てにおいてたくさんの知恵と技術を残してくれました。それを今私たちは「伝統」とか「文化」とかと呼んでいます。

どんな時代でも自分が「死」んだあと残される人達のことを考えていました。次の世代、また次の世代と、ここで生きる人達を絶やさぬ為に時代が変わってもこれだけあれば生きていけるというものを選び抜き私たちに残してくれていました。芦野にいるとその選び抜かれたものが景観として、文化として、精神として受け取ることができます。

自分の生まれた芦野という場所は縄文時代から一度も歴史が途絶えることのなかった稀な地域です。歴史が途絶えなかったということは、生きることが大変困難な時代であってもそれでも生き抜き、命をつないできたということです。そして今私たちもバトンを受け取った訳ですが、原発事故が起こった時もしかすると芦野の歴史は私たちの代で終わってしまい、次にバトンが渡せないのではないかという危機感に襲われました。
もちろん今でも、その危機感は私にくっついて離れません。

でも3年が経ち想うことは、今まで日本人は多かれ少なかれみんなそういった生命の危機を感じながら生きてきたんじゃないかということです。

自分の死に様をイメージしながら生きてきた日本人。

「死」を軽くみれば多分軽い「生」しかないような気がします。「死」を重く受け止めることで、自分の「生」を輝かせることができるのではないかと思っています。
「歴史」を知るということは今まで死んでいったヒトやモノたちをイメージするということでもあります。

伝承、文化、それは次の時代に伝えたいことがあるということです。「何かあったとき、こうやって生き延びなさい。」と、ご先祖様たちが残してくれたように、私たちも今、ここで歴史を学び新しい文化を産んでいきたいと、改めて思ったのでした。

かすみ



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